ドロのココロだ

空間デザイナーの書くミステリー小説「ノブ&ユウシリーズ」更新記録と日々のつぶやき。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

時間よ止まれ

今、SFに夢中です。
読むのではなく、考えることに。

ということで、アインシュタインの特殊相対性論理や一般相対性論理を勉強しなおし、物理学の本を読み、タイムマシンの作り方の本を読み、想像を膨らませています。

で、素朴に、あることに気付きました。

光の速度は秒速30万キロ。
我々が目にしているものは、すべて光を見ることによって認識しています。

街の景色や、パソコンのモニターや、果ては、キーボードを打つ自分の指先も、すべて光を網膜が受け止めているわけです。

ところが、光にはスピードをいうものがあり、逆に言えば、その瞬間を見ているわけではないということです。
つまり、自分の指先から発せられた光が網膜に届くまでに、時間がかかっているということです。
そのタイムラグはかすかとはいえ。

よく、映画などで超能力や不可思議な現象によって、時間を止めて、主人公がその間に何かをする、というシーンがあります。
ボールや水滴は宙に浮き、鳥は羽ばたかずに空におり、静止した世界。

しかし、です。
時間が止まっているのなら、光も止まっているのでしょうか。
もし光が止まっているのであれば、網膜は光を感知できるのでしょうか。
その場合は、主人公は真っ暗な中にいることになるのでしょうか。

はたまた光だけは特殊なもので、時間に縛られずに、飛び続けるのでしょうか。
モノが発する光というのは、自ら光っている場合は、エネルギーが消費されているわけで、時間が止まっていてもエネルギーだけが減っていくことになり、物理の原則に反すると思うのです。

電気によって光っているものは、時間が止まれば電気も止まるので、照明などは消えるのでしょう。


本には、光のスピードになると時間は止まると書いてあります。
亜光速になれば、時間はゆるゆると進み、そのことによってタイムマシンが作れるということになるのですが。
逆に時間が止まったときに、時間が止まっていない人の目には世界はどのように見えるのでしょうか。
光の速度で航行する宇宙船に乗っている人は、船外の光景がどのように見せるのでしょうか。

ああ、悩ましいです。



ちなみに、こんなややこしいことは何もない、シンプルなSFミステリーを連載しています。
どうぞ、お読みください。
SF長編ミステリー小説「ニューキーツ」はコチラです。
そんなこともある | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<今年の冬は野鳥が少ないそうだ | HOME | 庭のイタチ君、頻繁に出没>>
「東リ」のハイグレードラグマット&カーペットをお好みサイズでイージーオーダー

この記事のコメント

コメントの投稿















コメント非公開の場合はチェック

この記事のトラックバック

| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。