ドロのココロだ

空間デザイナーの書くミステリー小説「ノブ&ユウシリーズ」更新記録と日々のつぶやき。

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能とオーケストラ

凛と張りつめた長い静寂。
緊張が高まり、一気に暴発していく感情。
しかしその表現方法は極めて簡素だ。

そぎ落とされた情景に、完結された世界。

「能」はそんな芸術です。




先日、京都府民ホール「アルティホール」で、オーケストラと能のコラボレーションを見た。

本音を言えば、妻は(私も)、そんなん、もしかしてチャラコイ出し物と違うん?
という先入観を持って行ったのだが、
なんのなんの。

感動しました。

オーケストラと能のための「葵上」
アルティホール公式サイトより

演目「葵上」は「the能ドットコム」が詳しい。



さて、
オーケストラも能も、私は語れるものを持ち合わせていないが、感想を少し。


これ以上にないほど張りつめた静寂。
硬く静止した群像の中で、ただひとつ、ぶるぶると小さく震える扇。
その空間が発している「怨み」と「悲しみ」と「嫉妬」の強さ。
それでいて高貴な女性が持つ気品。

私の心は、ただただ六条御息所(みやすどころ)の情と怨念の強さに、揺らされ続けました。
(見終わった後、体がカチカチになっていました!)


それにしても、横笛のすばらしいことよ。
これほどまでに情感を音に乗せることのできる楽器は他にはないのではないでしょうか。
「美しい音色」ではなく、「心を伝える」ことのできる楽器。
(楽器の可能性のことであって、どちらが優れているか、いう意味ではありません)
シンプルだからこそ、心に響くのでしょうか。
あるいは私が日本人だから心震わされる?


むせび泣き…
心を支配する怨念…
それらは高らかではなく、極めて個人的なもの…
人の心に巣くうもの…
溜めて溜めて…
一気に放出される…



オーケストラと能のコラボレーション
新しい芸術がそこに生まれたかというと、そういうことではありません。
能を身近に、言い方を変えれば、エンタテイメントとして、ちょっと近づけたかな
という印象です。

能は能だし、オーケストラ(西洋音楽)はオーケストラ
ということは明白です。
それぞれ いかんとも歩み寄りようもない芸術。


ただ、先日の試みが、能を主役に立て、オーケストラは脇役に徹したという意味では、
能よりむしろオーケストラの可能性を広げた、
あるいは許容量の大きさを示しえたといえるのかもしれません。


満足しました。



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