ドロのココロだ

空間デザイナーの書くミステリー小説「ノブ&ユウシリーズ」更新記録と日々のつぶやき。

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プロモーションってもっと大切なんじゃないかな

昨日、友人と話していて痛感したことがあります。

彼は私と同じように、建築設計・デザイン・インテリア・施設企画・プロモーション・運営企画まで手がける人です。

彼が言うのに、
「最近ますますソフトな部分にお金を払う人が少なくなってきた」

つまり、「設計という作業」にはお金を払わなければいけないということはわかっているけれど、その前にある「企画」には費用を惜しむ、ということなのです。

私の感覚からすると、そちらの方が難しいし、ここで間違うと、ろくなものにならないと思うのですが。

ま、それは今に始まったことではなく、昔から成果が形にならないものには費用を払うという感覚がないのでしょう。

が、設計作業だって、「図面そのもの」には価値はないのに、と思います。

物が建って、立派に経営できて、収益を上げて、ということが成果なのに、です。



私たちの仕事は、単に設計作業をすることではないと思っています。
だからこそ、私は設計の前段階から、何する? という段階から、参加したいといつも思っています。
そして、できたものを、どう「売っていくか」「打ち出していくか」というフェーズにも参加したいと思っています。
幸いに、私のそういうココロをよく理解してくれる方が多くて、きわめて気持ちよく仕事をさせていただくことも多いのですが、時として、そう思っていない方もおられます。
また、そういう段階でのフィーをいただくのはなかなか難しいというのも事実です。



繰り返しになりますが、私はモノができた後のプロモーションにも関心がありますし、そういう仕事もやらせていただくことがあります。
それは、建築家の立場としての参加ではなく、まさしく広告代理店の業務の範疇の事柄です。

プロモーションは、その運営・経営に携わっている方が最も効果的な策を打出せるというようなものですが、必ずしもそうではないと思っています。

なぜか。

プロモーション専門部署があれば別でしょうが、普通は、ありません。
営業担当だからといって、そうではありません。
広告の現場におられる方、また一線で営業をされている方、なら分かると思います。

つまり、営業担当であるなら、直接的な成果、明日の成績、が必要だからです。

プロモーションは、もちろん、「売れる」「流行る」「人気になる」「話題になる」ことを目指しているのですが、そのためには、時として迂遠な策も打たねばならないからです。

どうすれば、「売れる」「流行る」「人気になる」「話題になる」のか。

それを考えるのがプロモーション企画です。
自分の商品ないしサービスの「売り物」に溺れることなく、客観的に冷静に、売り方を考えるものです。
そして、その費用対効果は? と。



冒頭の友人に話に戻りますが、彼は嘆いていました。

ある一戸建て住宅街のプロモーションをしたらしいのですが、そのとき実施したイベント費用しか払ってくれない、というのです。
イベントは手段であって、それはイベント屋さんに払う費用です。
チラシを作ったのなら、それは印刷屋さんに払う費用です。
彼の事務所としてのフィーはもらえていないというのです。
成果報酬タイプの契約をして、売れた分の○%を受け取るはずだったものが、もらったのは最初の2戸分だけで、後はなんやかんやと理由をつけられてもらえていないというのです。

私は、怒りを覚えます。

会社あるいはプロジェクトのコンサルタントとしてベストな案を考え、代理として業者に指示を出して成果を生んでいるというのに、です。
しかも、リスクを負って。


聞けば、その請求費用は、びっくりするくらいに安いものでした。
プロとしてのフィーどころか、日当さえも出ていないのでは? という額でした。


そういう相手には、じゃ、自分でプロモーションを企画してみれば?
と言ってやりたいですね。
社内の案だからこその根回しに疲れ果て、いつの間にかまったく違う案になり、失敗すれば叱責されるでしょう?
その部分をも、外部として請けているからこそ進めていける、という面もあるのに。


商売をしているのに、なぜ、プロモーションにコストをかけないのでしょう。
そこに力を入れないのでしょう。
「運営」はしているけれど、「経営」はしていないんじゃないですか?
不思議でなりません。
業種にもよりますが、営業マンが走り回るだけで、あるいは店を開けているだけで、「売れる」「流行る」「人気になる」「話題になる」時代ではないと思うのですが。



すみません。
今日は、どうも激しい愚痴のような話題でした。

次回はもっと楽しい話を書きますので、ご容赦を。


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ミズバショウ群落とカタクリ群落

今年の春は竣工物件がいくつかあり、そのうちのひとつ、栂池高原の別荘のお披露目パーティにおよばれしました。

栂池の別荘の記事はコチラ

で、翌朝、近くに水芭蕉の群落があるというので、連れて行ってもらいました。
栂池高原の水芭蕉

初めてです。
こんなすばらしい水芭蕉の群落を見るのは。

近くではまだスキーをしている人がいます。
この湿地もつい先日まで、雪に覆われていたのでしょう。

雪が解けるやいなや、新芽を出し、あれよあれよという間に大きな花を咲かせたミズバショウ。
こういう光景を見ると、自然の、というより植物の「力」に感嘆します。
栂池高原の水芭蕉

静かです。水の音がかすかにするだけ。
あたりにはかぐわしい香りが立ち込め、空に抜けていきました。


コチラは白馬のカタクリ群落。
白馬のカタクリ群落

斜面一面にピンク色の花が咲いていました。

花壇ではないので、迫力がある光景ではありませんが、この弱々しい植物が、さりげなくあちらこちらに咲いていました。
姿かたちが弱々しいからこそ、この植物の「力」が感じられるのかもしれません。


あたりはカラマツ林。
栂池高原のカラマツの芽吹き
(よろしければこの画像を壁紙としてご利用ください→ダウンロード

栂池高原は芽吹きの季節でした。
灰鼠色の世界。
美しい色です。


春、都会では(私の家の周りでも)たくさんの花苗が売られ、街には華やかな花が咲き誇ります。
おなじみパンジーからチューリップなどなど。
その光景はそれはそれで春らしくて良いものですが、ミズバショウやカタクリといった自然の花々は、その生育環境と見ごろの時期が限られているからこそ、貴重ですね。
弱々しいからこそ、強い。
いや、強く私の心に響きます。

ちょっとでもバランスが崩れると、きっとそこはもうミズバショウの群落ではなくなってしまいます。
地元の方々が守っておられるのでしょう。
都会から来た訪問者である私にとっても、ぜひ守りたいと思えるものでした。
山歩き海の幸自然の生き物 | コメント:0 | トラックバック:0 |

モッコウバラが街を飾る

春なのでどうしても花の話が多くなります。
ちょっと飽きてきましたが、本日も花の話を。

モッコウバラ
2年ほど前に我が家の庭に植えたモッコウバラです。
花は小さいけれども、よく見れば、やはり花がバラの形で、棘もあります。

あまり匂いはしません。
丈夫な木です。ぐんぐん伸びます。
強靭です。

その証拠がこれ。
モッコウバラ黄色の生垣
黄色いモッコウバラの生垣。

写真を撮らせていただくのが少し遅くなったので、微妙に白くなっています。

数年でこんなに立派な生垣に。
生垣の役目を立派に果たしつつ、観賞にも。
キレイですね~!



お次はコチラ。
白いモッコウバラ
こちらは白いモッコウバラ。

2階のバルコニーに野趣たっぷりに咲き誇っています。
建物の雰囲気にぴったりですし、前庭の風情ともマッチしています。

おお~大胆! すばらしいのひとこと。



このところ、モッコウバラの人気が急上昇。
(わが地域だけのことかもしれませんが)

どんな花木でもそうですが、モッコウバラも花の時期は一気に存在感を現す木ですね。
この3枚の写真で、くどくど説明する必要はないですね。



個人的趣味でいえば、モッコウバラは黄色、白色がいいですね。
野趣があるという意味で。








よその庭観察 | コメント:0 | トラックバック:0 |
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