ドロのココロだ

空間デザイナーの書くミステリー小説「ノブ&ユウシリーズ」更新記録と日々のつぶやき。

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最近のネット おもしろい?

僕が自分のサイトを作り、メルマガを始めたのは2000年のことでした。
当時は、個人が自分の趣味のサイトを作り、
そこで見知らぬ人との交流が生まれてくること自体が
珍しかったし、楽しかった。

ネット上にも、そんなこだわりのサイトが目に付いた。
デザインはイマイチでも、内容がまだまだ希薄でも、偏見の塊でも、
それぞれの思いが表れていて、ほほえましかった。
応援メールのひとつでも送ろうという気になった。

ネットは生き生きしていた。


でも、今はどうだろう。

製作コストを掛けた営利サイトばかりが目につく。
宣伝ばかり。

ほのぼのおもしろヘタウマ個人サイトも減ってはいないのだろうが、
検索しても順位が下の方で、探しようがない。
検索上位には法人サイトやショップのサイトや営利サービスのサイトばかりがずらり。

それも同じようなデザインのものばかりで、
テンプレートのコピーのオンパレード。
(オリジナルで作っているといっても発想自体がコピーなんだよ)

見慣れているから、安心感があるからという理由で、
法人サイトは無難なデザインのサイトばかり。
おもしろくもなんともない。
こだわりが見えない、楽しくもない、かといってたいした情報もなく、
ただただ宣伝文句だけが並んでいる。


いつのまに、ネットの世界はこんなにおもしろくなくなったのだろう。


きれいな画像ってのも、飽き飽き。
いわゆる「きれいな画像」なんて氾濫していて、
それだけでインパクトのある画像なんてめったにお目にかかれない。

きれいというのではなく、それは単にそつのないイメージフォトであって、
パワーがないんですよね。
僕がおすすめできるのはナショナルジオグラフィックの写真だけ。



数年前から、人々は完全にブログに向かった。
自分の思いをぶつける場として。
交流の場として。

一気にそちらに進んでいくだろう。
きっとモバイルのブログをその中心に巻き込んで。



以上、
目新しい話題ではないが、
今年は仕事としていろいろなタイプのウェブサイトに関わり、
複数のブログのスタートに立ち会ったことで、その思いを強くした。



ということで、新年から、新しい試みを始めてみようと考えている。

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そんなこともある | コメント:0 | トラックバック:0 |

体重7kg減!!

昨夜、何の気なしに、洗濯機の下からヘルスメーターを引っ張り出して
乗ってみた。

…………ン…………んんッ????!!

なんと、この一年くらいで7kgも減っていた。
数年前と比べると10kg減となった。

祝!というわけではない。
腹は少々中年らしい趣になっていたものの、全体的には普通体型だったので、
体重など気にもしていなかった。


今年のことを振り返るにはまだ早いが、
体にとっては厳しい年だった。
新梅田シティの仕事をさせていただいたおかげで、
晴れがましく、緊張の連続で、忙しく楽しい一年だった。

プライベートでは大きな悩みが二つあり、
こちらにも時間と頭を使った。


おかげで、完全休日はもう記憶のかなたの2月の「クアラルンプール旅行」のみ。
仕事の電話もせず、かかってこず、
仕事のメールも送受信せず、
そして仕事のことを考えなかった日はその数日間のみ。
年間通して風邪さえひかず元気だったが、体調は絶不調になったりした。




そんな一年でした。
体重も減るでしょう。



そんなこともある | コメント:0 | トラックバック:0 |

能とオーケストラ

凛と張りつめた長い静寂。
緊張が高まり、一気に暴発していく感情。
しかしその表現方法は極めて簡素だ。

そぎ落とされた情景に、完結された世界。

「能」はそんな芸術です。




先日、京都府民ホール「アルティホール」で、オーケストラと能のコラボレーションを見た。

本音を言えば、妻は(私も)、そんなん、もしかしてチャラコイ出し物と違うん?
という先入観を持って行ったのだが、
なんのなんの。

感動しました。

オーケストラと能のための「葵上」
アルティホール公式サイトより

演目「葵上」は「the能ドットコム」が詳しい。



さて、
オーケストラも能も、私は語れるものを持ち合わせていないが、感想を少し。


これ以上にないほど張りつめた静寂。
硬く静止した群像の中で、ただひとつ、ぶるぶると小さく震える扇。
その空間が発している「怨み」と「悲しみ」と「嫉妬」の強さ。
それでいて高貴な女性が持つ気品。

私の心は、ただただ六条御息所(みやすどころ)の情と怨念の強さに、揺らされ続けました。
(見終わった後、体がカチカチになっていました!)


それにしても、横笛のすばらしいことよ。
これほどまでに情感を音に乗せることのできる楽器は他にはないのではないでしょうか。
「美しい音色」ではなく、「心を伝える」ことのできる楽器。
(楽器の可能性のことであって、どちらが優れているか、いう意味ではありません)
シンプルだからこそ、心に響くのでしょうか。
あるいは私が日本人だから心震わされる?


むせび泣き…
心を支配する怨念…
それらは高らかではなく、極めて個人的なもの…
人の心に巣くうもの…
溜めて溜めて…
一気に放出される…



オーケストラと能のコラボレーション
新しい芸術がそこに生まれたかというと、そういうことではありません。
能を身近に、言い方を変えれば、エンタテイメントとして、ちょっと近づけたかな
という印象です。

能は能だし、オーケストラ(西洋音楽)はオーケストラ
ということは明白です。
それぞれ いかんとも歩み寄りようもない芸術。


ただ、先日の試みが、能を主役に立て、オーケストラは脇役に徹したという意味では、
能よりむしろオーケストラの可能性を広げた、
あるいは許容量の大きさを示しえたといえるのかもしれません。


満足しました。



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読み書き算盤

先日、ルミナリエで賑わう神戸元町に行ってきました。
元町にあるジャズバーJAMJAM。
建築家安藤忠雄氏の座談会を見て(聞いて)来ました。

昨年も同じ場所で開かれたのですが、昨年にも増して大盛況。
(2時間立って聞くのは辛いです)


先生の話はますますパワー全開。
ちょっとものを考える力のある人にはぜひ聞いて欲しい話です。


対象が「若い人」ということで、建築系の人だけではないので、
建築やデザインの話が少なかったのが、私としては少々残念かな。



その中で、出てきた話が「読み書き算盤」
「読み」というのは、本を読むということで、哲学を持て、ということ。
「書き」というのは、自分の頭で考えろ、ということ。
「算盤」というのは将来を見ろ、ということだ、と。

なるほどね~
なんとなく説教臭いけど、この話は気に入りました。


そんなこともある | コメント:0 | トラックバック:0 |

小さなことの積み重ね

このところずっととても忙しい。
なんで忙しい?と聞かれてもうまくいえないのだが、
いろいろな「やらなくてはいけない」ことがずっと頭の中に蓄積されているような感じ。

まとまった作業というのではなく、
ちょっとした打ち合わせ、
ちょっとした電話での打ち合わせや問い合わせ、
メールでの連絡や確認ややり取り、
ちょっとしたスケッチ、
送られてくる原稿などのチェック、
そして、ムゥーと考えること。
などなどだ。
そういう細切れ時間で一日が過ぎていきます。
そんな日の夜は、今日は何したんだ? という気分になったりします。
人に喜んでもらえること、何かしたかなあ…と焦ったりします。



先日は青ざめた。
8000文字程度の雑誌の原稿締め切りを全く失念していたのだ。
1週間ほど前までは手帳を見て「まだ数日ある」とたかを括っていたのだが、
いよいよというときになって、頭の中から抜けた。
今日中に仕上なくてはいけないという日の午後になってから
思い出した。
焦りに焦った。


原稿用紙20枚というのは、読むのはものの1、2分もあれば十分だが、
書くとなれば大変です。
僕は文筆家じゃないから、さらさらっと書けてしまうわけじゃない。
編集者に「年内まで待ってください」ということで事なきを得たが、
今日は徹夜か…、それでできるかどうか…と一時は覚悟しましたよ。



こう細切れ作業が続くと、大事なことを忘れてしまうという当たり前のことに
おののいた出来事でした。


結局、仕事ってのはそういうことの積み重ねかも…
ちょっと違うような気もするけど…
(どうでもいいことですね!)

そんなこともある | コメント:0 | トラックバック:0 |

実は、庭の木に対する思い…

ハナミズキの幹模様
庭のメイン樹、我家のリビングの前の景観の軸となっている木だ。
植えて11年目にしてようやくハナミズキの幹らしい模様になってきた。

幹模様はハナミズキはハナミズキらしく、桜は桜らしく、モミジはモミジらしく…
でも、なぜ違うんだろう。
生物の形状に、環境適合にとって都合のいいなんらかの意味があるとしたら、
木の幹模様というのはどういう意味があるのだろう。

奇才ウォレスが「進化」や「自然選択」についての考察を述べ、
慌てたダーウィンが「進化論」を発表してからまだ150年。

生物や自然といったことについて、まだ人間はなにもわかっていないのと同じ状態ですね。
分かったことといえば、「自分達はなにも知らない」ということばかり。

(木の幹見て、そんなたいそうなことを思うなよ~)

=======================================

が、そんなことより、この木を見て思うことは別にもあります。
こんな木は切り倒してしまいたい。
木に罪はないし、僕は自然をいつくしむ心を人並みに持ち合わせているので、
そんなことはしませんが、
この木を植えた人物を心底憎んでいるのです。
千里で造園業をやっている男です。
この木を見るたびにそいつのことが脳裏をよぎったりします。

実は、このブログにもよく登場する庭の木はすべてそうです。
コナラ、モミジ、ナツツバキ、ヤマボウシ。
そして、例の鯉の池もそうだったのです。
(ようやく壊して埋めた!!!)


我家が、荒海に今にも落ちそうになっている力尽きた蝶のような状態だったとき、
あの男から受けた仕打ちに我家は苦しみました。
私は騙されたのです。
2年以上にわたって浪費した時間と、失った金銭的利益は、今から思えばとても大きなものでした。
幸いなことに私の周りには、落ちかけた蝶を舞い上がらせてくれる人もいてくれて、
今期でそれらは会社の収支という意味では「損として確定する」ことになったのですが、
妻が痛めた腕や、私が壊した体調は徐々に直していかねばしかたありません。

私はあの屈辱と、妻や娘に申し訳なかった思いを忘れることはありません。
そして憎しみの感情が消えることもありません。



そんな思いもある庭の木です。



庭の木や草花 | コメント:0 | トラックバック:0 |

恐竜の幸せ

4コマ漫画「ドッポたち」

恐竜(オオトカゲか?)の爺さんが幸せを感じるとき。
4つ。

★★★★(4つ星)の幸せ……ペットの亀を連れて散歩してるシーン。

爺さんも亀もポッカーンと口を開けています。



「暖かい陽の光と風が口の中に入ってくる~」



これおもしろいね~。
こういう感性、持っていたいよね~

娘は、
この人(作家:小泉吉宏氏)はすごいよな~
こういうことを幸せと感じれる人なんやね~
といいます。

そやな~いいよな~
と、言い合って、はしゃいでいる我家も幸せなのでしょう。



「ドッポたち」は単行本化されています。

ちがっててもへいきだよ


シアワセのもと



そんなこともある | コメント:0 | トラックバック:0 |

偽りって……人のため

日めくりに、今日の言葉、なんて書いてあるものがよくあるでしょう。

たいていは、薬にもならないし毒にもならない説教臭いことが書いてあって、
ケッ、としか感じないのですが、
さすがに昨日、飲み屋に掛けてある日めくりを見て、厭な気分になりました。

そこにはこう書いてあったのです。

「人の為と書いて、偽りと読むんだなあ」



なんともはや。



少なくとも印刷物にして日本中にばら撒くものに、
このネガティブで人を小ばかにしたようなフレーズはいただけないですねえ。

僕が、友人達が見てくれているこのブログに、嫌味をちくちく書くのとは訳が違う
でしょう。


そんなこともある | コメント:0 | トラックバック:0 |

ユーモアのないおっちゃん

こんな話、知ってます?

ロンドンの大きな駅で数百人が示し合わせて集まり、
なにくわぬ顔でてんでばらばらに歩きながら、
ある時刻になった瞬間、いっせいに体の動きを止めたんだと。
数分間?

事情を知らない人は驚いただろうね。

その間、世の時間が止まったかのような錯覚を覚えたかもしれない。

で、いっせいにまた歩き始めたんだと。

その時、拍手がおきたらしい。
駅員もおもしろがって見ていたらしい。
楽しい寸劇?よかったよ!ということですね。



さしずめ日本なら、どうなっていたかなあ。
僕らはどんな反応をしたろうか。



ロンドンもテロに晒されて、そんなのどかなユーモアを許容できないかもしれませんね。
(上の話がいつごろのことかは知りません。もしかするとつい最近かも)


:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先日、親しい人が落ち込んでいました。
僕はなんとか慰めようと思い、楽しい話のひとつでもしようとしながら、上手くできませんでした。

気を紛らわせるようなおもしろい話を、落ち込んでいる人に向かってできる能力というか、
パワーというか、引き出しというか、懐の深さというか、は
僕ら凡人で理屈っぽい人間には、なかなか備わっていない芸当ですね。

励ましたり気分を奮い立たせたりは、そして慰めたりはなんとかできるんですが、
他人の気を紛らわせるというのは難しいものだなあと思います。


そんな僕が、エンターテナー気取りでミステリー作家志望だなどといっているのですから、
我ながら片腹痛いものがありますね。


そんなこともある | コメント:0 | トラックバック:0 |

本音が見えた!

ケヤキ盆栽
ケヤキ(欅)
1996年春、大阪桜ノ宮公園にて実生を採取。
直ちに軸を切り、挿したもの。(軸きり挿し芽)
樹高約20cm。







さて、今日の本題は、素人ミニ盆栽の自慢じゃない。

「定職なく年金未納」
某大手新聞にデカデカと書かれていた見出し。
例の元厚生次官殺害の犯人につけられた見出しだ。


定職なく年金未納がそんなに悪いことでしょうか。
定職なく年金未納だからこういう犯罪を犯すといいたいのでしょうか。

この見出しには明らかな意図が見えると思いませんか。
「働いて働いて年金・税金をちゃんと納めろ(俺に儲けさせろ)」という、
人を働かせる側の論理が。

定職がなく年金未納のやつは、何をしでかすかわからない犯罪者予備軍だというさげすみが見えると感じませんか。


(文脈をちゃんと読んでくださいよ。新聞見出しのニュアンスを問題にしています。
 あの犯人を擁護するつもりでは全くないですから)



世のほとんどの「定職なく年金未納」者は好きでそうなったわけじゃない。
「定職に就けず、年金も払えない」人も多いのです。
就職氷河期に悔しい思いをした人もいるでしょう。バブル以降の長い不況で職を失った人もいるでしょう。老親を介護するためやむなく働けなくなった人もいるでしょう。
彼らが一旦失ったチャンスを手に入れることは容易ではないと思うのです。


だからこそ、そういう人たちに救済を、という政策が話し合われている最中なのです。
この新聞も、そう主張していたはず。
そういう人たちの苦しい胸の内をインタビューして、問題のありかを紹介していたのだから。

しかし、一旦、事件が起こると、社会的弱者はもう犯罪予備軍のように十羽一からげです。
定職がないやつらは…
年金も払ってないやつらは…
と、マスコミはあおります。



やはりこの新聞社の本音というかスタンスは、人を働かせて儲ける側なんですね。
消費税増税を一生懸命、推進している新聞社だし。


そんなこともある | コメント:0 | トラックバック:0 |

空っぽの箱

稲荷山
(↑本文とは関係ありません)

「空っぽの箱をありがたがって崇めたりするから、中に化け物が住みついてしまうのよ」


奈備光氏の小説「ノブずるいやん」のなかで、
美千代という村の女が都会から来た少女に話した言葉だ。

世の中にはありとあらゆる神がおわします。
例を挙げるとまずいだろうからいわないけれども、やれ、○○の神とか△△の神とか。
土着的民間信仰であったり、権力者が自分を正当化するために神の伝説をこしらえたり、
果ては自分を神にしてしまったり。
無病息災・・・家内安全・・・良縁成就・・・商売繁盛・・・病気平癒・・・交通安全・・・
入試合格・・・厄除け・・・心願成就・・・開運招福・・・(そして呪咀)


なんだかなあ・・・
一番いけないのは、美千代が言ったように、空っぽの箱をありがたがって崇めたりすること。

この世界には、この空間には、人間の願いをかなえてやろうとする「神」と、
人間に害をなそうとしている「存在」があるならば、圧倒的に後者が多いのではないか。
(もちろんそのどちらでもないのが大多数だろうが)


害をなそうとするものを封じるための社が、それを知らぬものによって、あるいは後世、
いつしか崇められるようになり、「良縁成就…えんむすび…チャリンチャリン」などと
やっているとすれば、お笑いですね。
(いや、笑いごとではすまないですぞ)

「神」や「妖怪」や「物の怪」の方が、圧倒的に人間より長生きなのでしょう。
(怨霊は別です・念のため)
昨日は、人間が「鎮まり給え。どうぞこれにて」と供え物をしたかと思うと、
今日は、カップルでやってきて、「可愛い元気な赤ちゃんを授かりますように」とニコニコ。
そんなものかもしれません。

また、神を祭るつもりで空っぽの箱をこしらえ、いつしか
この気に充満しているかもしれない予想外の精神体が
「ここは居心地がいいわい」と、
住み着いてしまうこともあるでしょう。




ややこしそうなことを書いていますが、要は、
「空っぽの箱をありがたがって崇めたりするから、中に化け物が住みついてしまうのよ」
ということと、
「わかってもいないものを、都合の良いように勝手に解釈しない方がいいよ」
ということです。



えっ? ロマンがない? 不信心?

違いますよ。

僕はげげげの鬼太郎さえ、信じている人間ですから。




ということで、奈備 光の長編ミステリー「ノブ、ずるいやん」。
↓このアルファポリスWebコンテンツとして紹介されています。
http://www.alphapolis.co.jp/citi_cont_various.php?category_id=110100

WebコンテンツPickUP!コーナーで紹介中。
一覧でも、くってもらうと見つかります。(無料です)


作品ページでも直接読むことができます。(こちらも無料)
奈備 光の長編ミステリー「ノブ、ずるいやん」
http://pppenguin.jpn.ph/mall/navi/


ご心配なく。
この記事のようなややこしい話ではなく、いたってシンプルなエンタテーメントミステリーですから。









ということで、手の込んだ広告でした。
 ← PRになっとらんな^^  この理屈っぽさでは皆逃げていくよ


そんなこともある | コメント:0 | トラックバック:0 |

なんでもありの神様

先日、気晴らしにと京都伏見の稲荷山に行ってみた。
伏見稲荷といえば、キツネ。
伏見稲荷といえば、あの赤い鳥居。

実は、僕が20年前に参画した大阪梅田スカイビルの地下の飲食店街「滝見小路」にも、ここの伏見稲荷神社の末社としてお祭りしたんですよ。(ネットでは全然紹介されていませんけどね)


さて、今日の本題。
伏見のかえる
八百万の神といいますが、いやいや800万ではききますまい。

この子持ちカエルの狛犬(狛蛙?)の神社がどちらの神様をお祭りしたものか存じませぬが、まあ、なんとたくさんの神様がおられることか。
稲荷山全体にありとあらゆる神様がひしめき合っておわしまする。
稲荷大神の眷属もそうでない神も。



稲荷大神の眷属であり使者であるキツネの夫婦が稲荷神社のご本尊であるかのようにいつしか勘違いされたように、人の心は都合よく縦横無尽に移り変わり、「それでいいのだ!」(←古ぅ)とばかりになんでも神様になってしまいます。


日本では、今は、
物の怪、妖怪が神様となり、人に災いをもたらす怨霊が神様となり、各地に普通にお祭りされていますし、
日本由来の神も中東の神もインドの神も分け隔てなく受け入れてしまいますからね。
だいたいが、生まれたときには日本由来の神の前で祝い、結婚するときには中東の神の前で誓い、死んだときにはインドの神に極楽行きを願う民族ですから。
正月は日本由来の神に参り、お盆はインドの神の前で法要を行い、クリスマスにはマリア様~なんて言うんですから。
(いやあ、ホントは日本人ってメチャクチャ、グローバル思考なんだ!)

↑嫌味じゃないです。なんと柔らかい心を持った人々であることか、と自慢したいわけです。



それにしても、稲荷山。
広告の神という神様を、某大手新聞社がお祭りしているのを発見して、さすがに驚きましたねぇ。


明日の記事に続きます

そんなこともある | コメント:0 | トラックバック:0 |

「高級」って「上質」ってなんなんだ

庭のモミジが散り始めた。

ということで、慌ててこの写真を載せておきます。
モミジの紅葉


先日の打ち合わせで、「高級」とか「上質」という言葉が飛び交っていました。
僕はだんだんイライラが募ってきました。

(あんたら、それでなんの話してるん?お互いに何か通じているものあるん?)

店舗デザインとか、パッケージのデザインとか、WEBデザインとか、広告ビジュアルのデザインとか、
およそそういうもののデザインは、なんらかのタイミングでプレゼンテーションすることになります。
ただ、そういう場で、やたら出てくるのがそのふたつの言葉。
「高級」「上質」

どんな「高級感」なのか、どんな「上質感」なのか、どんな人に響く「高級感」なのか、ということなしに、高級感のあるナンチャラカンチャラ、といわれても、僕にはどんなものなのかサッパリわかりません。

そういう言葉だけを何度も何度も使う人(デザインをする側の人)は、実はたいして考えもせずに、
適当にこんなもんでしょ、
という作業しかしなかったことを自ら露呈しているんですね。
(それに気づいてさえいないことが悲しい…)
デザインを依頼した方は、醒めきって、舐められた、とさえ感じてしまいます。

「あなたの店は高級だから上質感のあるデザインにしました!」
とデザイナーに言われて(おだてられて)怒る人は少ないでしょう。
でも、普通の経営者なら、で、それで?
と聞くはずです。



それにしても、あいも変わらず、広告物の文章にもそんなあまり意味のないお飾りの言葉が踊っています。
(というより死んだ言葉が並んでいる、という方が正確ですね)

お客さんに何を伝えたいのかサッパリわからんのです。

今日、旅行誌のホテル広告特集ページを見ていました。
キャッチコピーに、
「上質で高級感溢れる雰囲気に生まれ変わりました」
とか、書いてあるんです。
そのホテルも、このコピーを「考えた!?」人間に、舐められたものです。



うわ、今日はとんでもなく理屈っぽく解説っぽい話を書いてしまった!

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